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千葉地方裁判所松戸支部 昭和49年(ワ)21号 判決 1980年2月26日

原告

東光不動産株式会社

右代表者

蛭田武平

被告

森ツル

外三名

右被告ら四名訴訟代理人

瑞慶山茂

外二三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一<証拠>によれば、原告は三月八日訴外松戸弥一郎と本件土地を分譲マンシヨンを建築する目的で買い受けて共有し、その頃から六階建てマンシヨンを建てる計画に着手したことが認められる。

二一方、被告らは本件土地と幅員四メートルの道路を隔てた隣地に居住する住民であること、被告らは六月二〇日頃、原告の本件マンシヨン建築計画を聞き、他の周辺住民とともに、被告新井を代表者とする「根本太陽を守る会」を結成し、原告の右マンシヨン建築に反対する運動を展開したことは当事者間に争いがない。

三そこで本件紛争の経過と被告らの反対行為の態様について検討する。

前記争いのない事実と<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。

1  被告らは六月二〇日頃、本件マンシヨンの建築計画を知り、原告に対し、その事実の有無と建物の規模などについて質したところ、原告から建物の側面図を示され六階建のマンシヨンを建てるので了承してほしい旨の回答があつた。そこで、被告らは日照図その他の具体的資料を要求するとともに建物がいわゆる中高層住宅で周辺の住環境に及ぼす影響が大きいとして、被告らを含む近隣住民一二名で「根本太陽を守る会」を結成し、同月二六日松戸市長に対し、本件土地に高層建築物を建てさせないように指導してほしい旨陳情した。そして七月五日松戸市役所において市側職員の立会のもとに原告側と被告側の第一回の話しあいがもたれ、被告側は建売り分譲住宅などの低層住宅を建てるよう要望したが、原告はマンシヨン建築の強い意向を説明しただけで、会談は一応物分かれに終つた。

2  そこで、被告らは、本件土地周辺に「マンシヨン建築反対」などと書いた立看板をたてて、近隣住民等にアピールするとともに同月八日、住民の署名を添えて、原告の取引銀行である株式会社千葉銀行松戸支店に赴き、周辺の住環境を守るため、融資銀行の立場から原告に対し、低層住宅を建てるよう助言してほしい旨の陳情をした(このことは当事者間に争いがない)。

3  同月一二日、松戸市役所で第二回目の交渉が行われたが、原告のマンシヨン建築の意思は固く、被告側も日照図などの具体的資料がなかつたため、明確な要望などを出しかねていたが、マンシヨン建築がやむをえないとしても、日照時間については冬至期午前中二時間の日照を確保すること風害対策をすることなどの点を配慮するよう申し入れた。

4  その後双方の接触はなかつたが、原告は、秘かに一部住民から建築同意書を徴収したりしたため、被告らがこれに反発し、原告の係員が、本件マンシヨンは住民の同意を得るまでは着工しない、との約束をし、八月一〇日に原告代表者蛭田武平が被告山口方を訪れ、交渉することになつた。席上、被告らはマンシヨン建築には反対しないが、建物の一部をカツトして冬至期午前中二時間の日照が得られるようにしてほしい旨再度要請し、蛭田もこれにつき検討する旨約して、次回を同月一五日にすることにきめた。

5  ところが、同月一三日、原告は前記冬至期午前中二時間の日照を確保するための設計変更には一切応じられない、住民に対しては金銭的な保障を考える旨、内容証明郵便で通告したため、被告らは話しあいによる解決を拒否するものとして態度を強化させた。

6  このような中で、原告が既に申請していた本件建物についての建築確認申請が同月一六日松戸市建築指導主事から確認された。その内容は、建物の高さ、最高22.6メートル、建ぺい率59.81パーセント、延面積2625.13平方メートル、各階高さ2.7メートル、向き西北、部屋三六であつた(このことは当事者間に争いがない)。

7  その後、八月二一日、被告らの強い要望で、原告との交渉をもち、被告側はマンシヨン建築位置を変更することなど設計変更の申し入れをし、原告もその検討を約し、九月二日、ベランダの位置を変更し、建物本体を北側に四メートル寄せ、四階以上をセツトバツクするという変更案を示した。しかし、図面等による具体的な数値が不明であり、日照図等も提示されなかつたため、被告側も態度をきめかね、新らしい資料の交付方を強く要望した。

8  一方、被告側としても、従来主張していたプライバシーの保護についての要求を撤回し、専ら日照時間の点を中心にして、それも従前の冬至期午前中二時間確保の主張を最低限午後〇時以後日照が得られればよいとの態度で交渉するようになつた。これに対し、原告側も変更後の新らしい設計図では、午後〇時には二階部分に、午後〇時三〇分には全戸に日照が得られるとして、被告側に諒解を求めたが、正確な客観的な資料がなかつたため、被告側の容れるところとならなかつた。

このように、両者折りあいはつかなかつたが、原告は、右の設計変更にしたがつて新らしく建築確認申請をなす一方、従前の建築確認のまま将来完成するマンシヨンの売り出しの準備を進めた。

9  そして、原告は、本件土地に工事の防護塀を設置すべく一〇月二〇日午後八時頃そのための資材をトラツクで搬入せんとしたが、これを知つた被告らは人夫等に対し、原告とは話あしいの途中であり、夜間なので資材を降すと周囲にも迷惑になるから引きとつてほしい旨説得し、同人夫たちも関係者と相談して同夜の資材搬入は中止した(因みに、同防護塀は二、三日後に何らの抵抗もなく設置された)。

10  つづいて、原告は一〇月二一日、訴外大蔵屋を代理店として、新聞広告等で本件マンシヨンの売り出しを開始した。そこで被告らも、要望についての妥結点も見い出し得ずにいるし、設計変更後の建築確認もなされていないのに、従前の確認番号を表示して売り出すのは不当であるとして、千葉県公正取引委員会に不当表示の疑いがあるとして訴え、松戸市当局に対しても新らたな建築確認申請を認可しないよう陳情したり、被告新井が一一月六日右大蔵屋上野支店に赴き、原告と被告側の仲介の労をとつてほしい旨依頼したりした。

11  その後も、原告と被告側とは交渉を重ねたが話しあいは進展せずにいたところ、一〇月三〇日付で原告の新らたな建築確認申請が認可され、建築準備が進められた。

一一月八日、原告から依頼された訴外浅沼組の技師が本件土地に立ち入つて、地質調査のためのボーリングをしようとしたところ、前記太陽を守る会の会員の女性等数名が右技師に対し、従前の原告との話しあいの経過を説明し、工事の着工につながるから辞めてほしい旨申し込んだ。そこで原告側技師もボーリング調査は浅沼組独自で行うもので、本件マンシヨン工事の着工ではなく、本工事は地域住民の同意を得て行う旨の確約をし、念書を書いたため、これに同意し、二、三日後ボーリング調査は実施された。

12  被告らと前記太陽を守る会の会員等は一一月一六日及び同月二五日本件マンシヨン工事を担当する右浅沼組事務所を訪れ、原告と被告らとの間のあつ旋を依頼し、正確な設計図や日照図などを要求し、同月二五日にはようやく、原告側から日照図などを入手した。被告らは右図面に基づき、再度原告との話しあいを申し込んだが、原告はこれに応じなかつた。

13  一方、原告は、もはや話しあいによる解決は不可能と判断して一一月二九日千葉地方裁判所松戸支部に対し、被告ら四名を相手方として、本件マンシヨン建築工事防害禁止の仮処分申請をなし、一二月五日その旨の仮処分決定を得た。

14  原告は右決定を得て、同月一〇日工事着工を前提としていわゆる「地鎮祭」を行うべく、同日午前八時頃、訴外井能装飾をして、そのための用具等を搬入させようとした。

ところが、前日このことを知つた被告らはこれに抗議することにし、被告ら代理人瑞慶山弁護士に連絡し、同弁護士から、松戸市当局に陳情すること、現場で抗議の意思表示をすること、実力行使などはしないように、とのアドバイスを受け、市当局に陳情するとともに、被告山口博之及びその妻、その実母、被告新井正一の妻、訴外串田某の妻、訴外山本某の六名が「マンシヨン反対」と書いた鉢巻をして本件現場に赴き祭具等を自動車で搬入しようとした前記井能等に対し、右女性ら二、三人で「まだ原告との間の話しあいが終つていないので車を敷地内に入れないでくれ」とか、前記浅沼組技師が被告らに対して出した念書を示して、「今日は帰つてくれ」とか要請し、地鎮祭を主催するため現場に来た原告代表者蛭田武平に対し、話しあいに応ずるよう要求した。そこで、蛭田も、これに応じて、とりあえず、右被告山口博之らと話しあうこととし、立入禁止の仮処分がでているので入れないとする同人らを本件土地内に入れ、松戸市役所職員もまじえて現場で会談した。そして、右山口らの要求に応じて蛭田も、今後本件マンシヨンの建築については付近住民と誠意をもつて話しあい、その同意を得たうえで着工することを確認したため、右山口らも同日午前九時半頃現場をはなれ、間もなく予定していた地鎮祭は井能の手によつて実施された。

15  前記のとおり、工事防害禁止の仮処分命令を受けた被告らは一二月八日これに対する異議申立てをするとともに、原告を相手方として、前記裁判所に対し、本件建物の四階部分以上の建築をしてはならない旨の建築工事禁止の仮処分申請をなし、以後同月一七日及び二〇日、同裁判所において、審尋期日が開かれ、両当事者間で話しあいがもたれた。被告らは階数を減じ建物をセツトバツクして従前の主張どおりの日照を確保してほしい旨要求したのに対し、原告は設計変更の意思がない旨回答して、両者の主張は全く平行線のまま推移した。

折から、本件土地周辺が一二月二八日に従前準工業地域から、住居地域に用地域変更されることになつており、右変更告示がなされると、本件建物の建築が困難になる事情にあつたため、担当裁判官から、右告示の期日も迫つているので、杭一本だけでも打たせて着工の事実を作り、話しあいを継続してはどうかとの和解案が示されたが、被告側はあくまで、何らかの設計変更の確約が得られない限りそれに同意できないとしてこれを拒否した。そこで、原告も、右告示までに被告側との円満解決は困難と考え、本件マンシヨン建築計画を断念して、双方が前記仮処分申請を取り下げ、本件訴訟に至つた。

以上の事実を認めることができ<る。>

四ところで、日照や通風等は人の日常生活において欠くことのできない生活利益である。したがつて、これらの利益が他人の行為によつて受忍限度をこえ不法に侵害される場合には、被害建物の所有者ないし同占有者は侵害者に対し、当該行為の差し止めを求め、又はよつて生じた損害の賠償を訴求しうることはもちろん、それが方法等において公序良俗に違反し、違法性をおびない限り行為者と直接交渉したり、反対の意思表示をすることもまた右の生活利益を守るための行動として解されうるものと解される。

そして、また、右の生活利益に及ぼす影響が結果において一般社会通念にてらし受忍しなければならない程度の不利益であつたとしても、およそ、その生活環境が従前のそれよりも悪化することがあるときは、前記のとおり違法性をおびない方法等によりこれに対し反対の行動をおこし、生活利益を守ろうとすることは許されるべきものと解される。しかして、その反対行動が違法なものかどうかは具体的な行動の内容、方法、程度によつて判断されなければならない。

そこで、本件についてこれをみるに、まず、本件マンシヨンが建築された場合の被告らのこうむる生活上の不利益の程度についてみると、本件土地周辺は原告が本件マンシヨン建築を計画した当時は準工業地域であつたが、一二月二八日付で松戸市当局から住居地域に用途変更が予定されていたものであることは前認定のとおりであり、<証拠>によれば、周辺には二、三高層建築物もあるもののほぼ低層の住宅が密集している地域であることが認められる。そして、当事者交渉の過程において、前記のとおりの設計変更はあるものの原告の最終案においても原告が本件マンシヨンを建築することによつて、被告らの日照が冬至期において午後〇時三〇分までは阻害されるに至ることは原告の自認するところである。

してみれば、被告らがうける生活上の不利益はかなりの程度深刻なものというべきである。

次に右事実を前提として、原告が主張する被告らの反対行動(建築防害行為)について検討する。

1  まず、被告らは七月八日、原告の取引銀行である千葉銀行松戸支店に対し、本件マンシヨンの建築を断念するよう原告に勧告してほしい旨申し入れたことは前認定のとおりであるが、これらの申し込みの際、被告らがことさら脅迫的言辞を弄したとか、原告を著しく誹謗したなど違法な行為があつた場合は格別、その主張立証のない本件において、右事実自体何ら違法な行為とは認められない。

2  一〇月二〇日午後八時頃、原告が防護塀と設置すべく資材を搬入せんとしたが、被告らの反対により同夜の搬入行為は中止されたことは前認定のとおりである。原告は、被告らほか十数名の近隣住民のうち数名が本件土地に立ち入つて資材をトラツクから降すのを実力で防害した旨主張するけれどもこれを認めるに足りる十分な証拠はない。当夜の搬入が中止されたのは、前認定のとおり近隣住民の陳情説得によるものであり、その後数日の間に右防護塀は支障なく設置されたものであつて、被告らの右行為に特に違法性があるとは認められない。

3  被告らが、本件土地周辺に「マンシヨン反対」の立看板を十数板たてたことは前認定のとおりである。原告は、被告らは本件マンシヨン売り出し日にこれを防害する目的で右看板をたてた旨主張するけれども、右趣旨の看板は、被告らが原告の本件マンシヨン建築を知つた当初の段階からそれに反対する意思を表明すべくたてていたものであること前認定のとおりであり、その内容において、原告をことさら悪しざまにしたり、著しく名誉を傷つけるものであつた旨の主張立証のない本件においては、右事実自体違法な行為と認めることはできない。

4  次に原告は、被告らが一〇月二七日原告の販売代理店である大蔵屋に対し、本件マンシヨンの売り出しを中止するよう申し入れた旨主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。もつとも、一一月六日被告新井が右大蔵屋に赴き原告側と被告側の仲介を依頼したことは前認定のとおりであるが、このこと自体もとより違法な行為ということはできない。

5  原告は、一一月八日地質調査のために派遣した技術者を被告らが実力で追い返えした旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。もつとも、当日周辺住民のうち数名の女性が右技術者に対し、原告との話しあいの経過を説明し、中止方を要求し右調査が遷延された経緯は前認定のとおりであるが、その過程において、違法な行為があつたものと認めることはできない。

6  さらにまた、原告は、一二月一〇日の地鎮祭が被告らの実力行為により予定の時刻に開始しえなかつた旨主張する。被告山口博之ら六名が祭具等の搬入に際し、抗議したため儀式の開始が約一時間遅れたこと、右山口らの具体的な抗議内容は前認定のとおりであり、その際双方が一時的にエキサイトするようなこともあつたと推認しえなくはないけれども、右被告らにおいて実力でこれを妨害したとまでは認めるに足りる証拠はない(もつとも<証拠>によると、本件土地の入口付近に被告山口博之ら四名が一列横帯に並んだり、三々五々停立したりしていることが明らかであるが、これがどのような時点でいかなる意図のもとになされた行為であるか必ずしも明らかでない)。

7  被告らが、千葉地方裁判所松戸支部における仮処分申請事件の審尋期日で、担当裁判官から示された和解案を受け容れなかつたことは前認定のとおりであるが、そのこと自体何ら違法な行為でないことは明らかである。

8  原告は、被告らが、数回にわたり前記浅沼組事務所に赴き本件マンシヨン建築を中止するよう申し入れた旨主張する。被告らが、二度に亘り右事務所を訪れたことは前認定のとおりであるが、その用件は正確な設計図や日照図を入手することと、建築請負業者の立場で、原告との間を仲介してほしいと依頼することであつたというのであり、その際、原告を誹謗したり、著しくその名誉を傷つけたりするなどの違法行為があつたとの主張立証はない。そうするとこのこと自体何ら違法な行為でないことまた明らかといわなければならない。

しかして、本件マンシヨンが建築されることによつて被告ら周辺住民がこうむる生活上の不利益が、日照の点だけをとつてみても、かなり深刻なものであることからすれば、被告らがなした前記のような反対行動はその一つ一つをとつてみても、また全体を通じてみても法的に許された程度をこえて違法と評価すべきものと断ずることはできない。

五以上のとおりであつて、原告の被告らに対する不法行為に基づく本件損害賠償請求はその余の判断をするまでもなく理由がないので、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(田中観一郎)

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